昔、くじらぐもにのりたかった

暮らしとインテリアと、時々雑談

タケコ女史のこと

タタン タンタン タン タタン…♬♪♬

今日も迫り来る あのメロディ。

ゴミ収集車が来ましたよ〜の合図だ。

ゆっくりと だが確実に近づいてくる。

あぁ、もう少しで洗濯物が干し終わるのに。

しかし、そんなこと言ってられない。

今日こそ、私が決める番だ。

 

洗いたてのバスタオルを放り投げ、

一目散に あの場所を目指す。

そう、ゴミ箱を回収しに、ゴミ収集場所へ。

 

玄関のドアを開けるや否や、戦慄が走る。

は、早っ‼️

早すぎる。

もう戻って来てるよ、うちのゴミ箱❗️

く、くやしいー‼️

 

***

 

なんのこっちゃなので説明しよう。

事の発端はこうである。

 

強風が吹き荒れたある日、空のゴミ箱(ペールとも言う)のひとつが

ゴミ収集場所から車道まで コロコロ転がっていってしまった。

以来、最初にゴミ箱を回収しに行った人が 

他の家のも(強風の日でなくても)ついでに門の前まで

持っていってあげることになった。

話し合ったわけではなく、自然とそうなったんだそう。

ルールみたいな、堅苦しいものではない。

 

この話を聞いたのは数年前、ここに引っ越してきてまもなくだった。

ふむふむ、なるほど。

空のゴミ箱を運んであげるくらい、なんてことない。

ご近所は60代から90代まで、30年も40年も前からこの地に住んでいる

人生の先輩ばかり。

この並びでは、50代の私がいちばん若い。

若人の私が イッチョ張り切るか。

 

そう思っていたが、甘かった。

出遅れる日が続いてしまったのだ。

というか、異様に早いお人がいる。

あのメロディが聴こえてから、10分経ったらもう遅い。

3分でも先を越されたことがある。

どなただろう?

ある日、我が家の前に

素早くゴミ箱を置いて立ち去る怪しい人影を確認した。

2軒隣の70代タケコ女史である。

窓からチラリと見えたのだ。

 

どうして「女史」かと言うと、いつもチャキチャキしていて

面白くて物知りだから。(勝手に秘密のニックネームをつけた)

私が負け越している相手は、どうもこの、タケコ女史の可能性が高い。

お隣の60代は、お出掛けになっていることが多いし

90代のおばあちゃまもいるが、いくら足腰が丈夫でも

あんなにパッパと動けるはずもない。

つまりは、私とタケコ女史の一騎打ちなのだ。

 

まぁ正直なところ、勝ち負けというより

いつもいつもタケコ女史にお手間をとらせては申し訳ないから

たまには私の出る幕もつくりたいのである。

 

このところは暑すぎたので、さすがのタケコ女史よりも

私の方が先手を取らせてもらっている。

うん、それでいい。

だけど、ずっとそうだとタケコ女史は気にするはずだ。

クラゲさんばかりで申し訳ない…と。

タケコ女史はそういう人だ。

だから、私も無理はしない。

手が離せない時や、用事で家を空ける日には、遠慮なくお任せする。

出来る時には、お隣さんもやってくれるのだし。

 

こういうことって やらなきゃと思うと

途端につまらなく、面倒になる。

ゴミ箱を誰が配ろうと大したことではないのだけど

アホくさいと思うようなことほど 何か密かな楽しみを見つけて

真剣にやると、面白い。

どうせやるなら楽しくしちゃえ。

 

今日は久々にタケコ女史にやられた。

せめてお礼をと、急いで歩道に出ると

タケコ女史がスタスタ歩いていくのが見える。間に合った。

その背中にむかって

「ありがとうございまーす!」

とゴミ箱をひょいと持ち上げて叫んだら、タケコ女史が振り返って

ちょっと照れたように笑った。

 

それから、互いに手を振り合った。

 

どうかどうか、これからもずっと

お元気でいてください。