ママ友のアイちゃんから、久しぶりにLINEがきた。
「小学校最後の運動会だよ」という一文に、6年生のケンタと弟のダイちゃん、体操着姿のふたりの写真が添えられていた。
ケンタはピースしてるけど、表情は申し訳程度につくった笑顔だ。
写真を見ながら思う。その不器用な笑顔の奥には、照れくさい気持ちが隠れてるんだよね。もう9年近い付き合いだからさ、おばさんはお見通しだよ、と。
* * *
ケンタと息子は幼稚園で同級生だった。子どもどうし仲良くなって、そのうち家族ぐるみで付き合うようになった。そういう家族がうちも含めて3組、いまも続いている。
ケンタは幼稚園の頃からおふざけが好きで、ひょうきん。だけど、発表会とかちょっと緊張する場面ではトイレに何度も行きたがったりして、ナイーブな面が出る子だった。
息子たちは、年中から揃ってサッカーチームに入った。
最初はサッカーボールに群がって団子になっているだけだったのが、小学生になるとなんとなく格好がついてきた。ポジションの役割とか、どういう動きをしたらチームに貢献できるかとか、そういうことを考えられるようになったのだと思う。
ケンタは相手チームに攻め込まれたとき、いつもいいところにいて、ボールをうまいこと押し戻してくれた。足はそれほど早くないけれど、自分には相手を抑えるだけの体格のよさとキック力がある。そのことを、よくわかっているようだった。
勘の良さというか頭の良さは、プレーだけでなく話していても感じた。こちらが投げかけた言葉に対して返ってくる内容には、ひとひねりあってユーモアもある。ほぉ、そう来ますか…ということが幾度もあった。
そして相変わらずのおふざけは、なにか自分の急所を隠すために彼が身につけた策なのではないか、とも思えた。急所…たとえばそれは、「ナイーブゆえの傷つきやすさ」だったかもしれない。
3年生の途中でうちが引っ越すことになり、引越し前日に最後のサッカー練習に行った。いつもと変わらず練習試合をした後、最後に全員で記念写真を撮った。「じゃあねー」なんていつもと変わらない挨拶をしたけれど、別れた後少ししんみりした。
引っ越して数日後、ほとんどの荷解きが終わって、あとは数個の段ボールを残すのみとなった。
マジックで「サッカー」と書かれた段ボールを開けると、歴代のユニフォームと一緒に小さなサッカーボールが出てきた。そういえば、最後の日にもらったんだった。
ボールにみんなが寄せ書きしてくれている。
いままでなかよくしてくれてありがとう
ひっこしてもわすれないよ
またいつかサッカーいっしょにやろうね
ボールをくるくる回しながら、かわいい文字で書かれたメッセージを読んでいく。
すると、それはあらわれた。
「ゴリラとけっこんしてください ケンタ」
一瞬「え?」と固まって、「ケンタめ…やったな」と苦笑した。
そのうち「そうか」と気がついて、じわじわと瞳の中に涙がたまり、泣き笑いのおかしな状況になった。
ケンタさ、ゴリラと結婚って…
ぜんぜんお別れのメッセージじゃないじゃん
これって、まだサヨナラじゃないよって…こと?
そうだよね
そう思ってくれてるんだね…
ケンタを知らない大人が見たら、きっとこの暗号は解読不能だっただろう。
ちょっと難解だったけど、このおふざけはケンタ流のやさしさだと読み解けた。
息子への思いがうれしかった。
不器用さがかわいくて切なくて、笑いながらまた、涙が滲んだ。
きみの気持ちはお見通しだぞ。
* * *
それにしても、アイちゃんがこの寄せ書きに気づかなくてよかった。気づいていたらきっと「コラ、ケンタ、なにふざけてんの!」とあえなくメッセージは消されて、ケンタらしからぬ言葉にとって代わってしまっただろう。
このことは、もうしばらく黙っていようと思う。子ども達が高校生くらいになったら披露して、みんなでまた笑いたい。
*名前は仮名です。