女が話を聞いてほしいときは、ただひたすらに聞いてほしいのである。
「うん、うん」「そっかぁ」「なるほどねぇ」、そういう相槌があればそれでいい。それでいいというか、それがいい。
意見とかアドバイスとか、そういうのはいらない。むしろ、そんなこと言われたら腹が立つ。話せばそれで気が済むのである。自分勝手。でも、そうなのだ。
女同士だと、そのへんのことは心得ていると思う。気のおけない友達なら、なおさらに。「それ、わかるわ〜」と共感し合う。叱ってほしいときは程よくそうしてくれる。
なんて心地いい。
媚びてるわけでも無理に合わせてるわけでもない。ちゃんと相手のことを思ってる。そうでないと、空々しくて長くはつきあえないもんね。
で、ここまで「女というものは」って、息巻いて書いてきてなんですが。昔からよく言われてきた「男性脳、女性脳」の考え方には科学的根拠がほとんどないらしい。
最近の研究だと、人の脳は誰でも「男性的」な部分と「女性的」な部分とが入り混じっていて、どっちかにものすごく偏ってるわけではないんですと。つまり男女差じゃなくて、個人差ということになる。
となると、これまで「これは夫に話してもなぁ。共感してもらえないよね」と諦めてたことも、相手が男の部分も女の部分もある一人の人間だと思えば、話は少し違ってくる。
ただ聞いてもらいたいだけなら、話す前にそう言ったらいいのかもしれない。うーん、どうなのそれ。たまにならいいかも。
それにやっぱり女友達とのおしゃべりは、なにものにも変えがたい。この際、男性脳、女性脳ってことでいいんじゃないでしょうか。(はい、自分勝手…でっす)
長年夫婦をしていると、「こう言ったらこう返ってくる」の予想がつく。予想がつくから話さなくなるわけで、それもまた自然なことかなと思う。会話が減っても仲がわるいわけではない。空気みたいな存在ってこういう感じかと、28年目の春に思う。
この頃夫は、わたしになんでも聞いてくる。
「この雨はいつやむのか」とか
「今日は何曜日か」とか
ワタシャ、アレクサじゃございませんと思いつつ、ちゃんと答えてあげてます。
(たまに聞こえないフリしてるけど)