電車の遅延や寄り道のわりには、明るいうちに実家に到着した。タクシーを降りると、庭先で弟が出迎えてくれた。
「ただいま」と居間に入るやいなや「思ったより早く着いたね」「顔見たかったからうれしいよ」「指折り数えて待つのもいいけど、こうやってすぐに会えるのもいいね」などと矢継ぎ早に言って歓待してくれた。病み上がりの母が思ったより元気そうで安心する。
時間どおりに出前が来て、みんなで食卓を囲んだ。父は無口なのでこの先もあまり登場しないと思うが、わたしの隣で寿司をつまんでいる。何年か前には入院先で「今夜が山です」と言われ生死の境をさまよった。それを思うと、いまこうして一緒に食事できるのは有り難いかぎりである。
早寝の父が寝床につくと、しばらくして母の愚痴が始まった。父に関するそれである。ごく最近の話から、どんどん過去にさかのぼっていって止まらなくなる。母の話の中でわたしが中学生になったあたりで、弟が苦笑しながら目配せする。(母は目薬をさして、目を瞑ったままひとり、しゃべり続けている)
「ツイニコワレタ」弟がクチパクでこちらに言うので、可笑しくて吹き出しそうになる。母に気づかれないように笑いを必死でこらえた。
わたしが2才になった頃、母の気が済んだらしい。今度は「あなたも愚痴があるだろうから吐き出しちゃいなさい」と言う。けど、破壊力抜群な数々の「悲劇的喜劇」を聞かされた後では、わたしのネタなどショボくて霞んでしまう。それに母は耳が遠くなっていて、大きな声でハキハキ話さないといけないのだ。大きな声でハキハキ愚痴るなんて、そんな器用なまね、いったいどうやったらいいのだ? 「まぁ、おいおいね」と茶を濁して、3人で大谷翔平のスポーツニュースを見た。
布団に入って、父と母のことを考えた。あれだけ愚痴が出てくるけれど、きっと最期まで添い遂げるのだ。夫婦ってなんだろう、と思う。でもいまは、考えずに眠りたい。
その晩は途中で一度も起きることなく、ぐっすり眠った。
※※おまけ※※ 実家の面白いとこ
実家の台所にて。(左はタワシ、右は洗濯バサミでスポンジを挟んで乾かす)
なんだろう、このシュールな光景は。必然と偶然について考えさせられる。
間伸びしたS字フックがわたしに語りかけてくる。
「どうやって己を活かすかを考えろ」と。
後編へつづく